2009年5月号の【仏事】に善勝寺の取材記事が掲載されました。
寺院墓地開発策 臨済宗善勝寺(埼玉県鴻巣市)
檀家のための墓地を独自で開設し、檀家数を10倍に
埼玉県鴻巣市の臨済宗善勝寺は「寺院会計をすべて公表し、寺から檀信徒に対して寄付の要求は、将来に渡ってこれをしない」ということを法人として決議したお寺である。会計もすべてオープンにし、何があっても例外は認めない。 寄付がないということから檀信徒が安心してお寺の活動に協力できる環境も生まれている。平成4年に同寺に晋山した明見弘道住職は、これらの方針を決めながら、同時に独自で檀家向けの寺院墓地も開設。当初約70軒だった檀家数は、今では約700軒にまで増加した。
広島県の臨済宗寺院の出身である明見住職は、「可愛い子には旅をさせよ」という明治生まれの父親の教育方針もあり、小学校卒業と同時に岐阜県の寺に預けられた。そこでは、たとえ夏休みでも親元に帰ることは許されない、厳しい修行の日々が続く。こうして中学、高校を岐阜で過ごし、大学は花園大学に入学したが、卒業間際にインドに渡りその魅力に取り付かれた明見住職は、半年以上インドで「遊行」を続けた。その後、禅の修行をしながら、雲水姿で再びインドを行脚。それまでの価値観が一変するような経験をしたという。帰国後は、京都にある寺院の東京別院を任されるなどしていたが、縁あって善勝寺を兼務していた住職と出会い、平成4年に善勝寺に入ることとなった。
当時の善勝寺は檀家数約70軒。「お寺の格付けでも8等地の3級とこれより下はないというほどだった」と、明見住職は当時を振り返り「みんな、こんなところで大丈夫か。もっと良いところがあるぞ、と心配もしてくれたが、彼らは格付けを見て言っているわけで、現地を見てはいない。不安はなかった」と語る。
当時の善勝寺は檀家数約70軒。「お寺の格付けでも8等地の3級とこれより下はないというほどだった」と、明見住職は当時を振り返り「みんな、こんなところで大丈夫か。もっと良いところがあるぞ、と心配もしてくれたが、彼らは格付けを見て言っているわけで、現地を見てはいない。不安はなかった」と語る。
開発業者に頼らない墓地開発
善勝寺に入った明見住職は檀信徒のために寺院墓地を造成しているが、これらの墓地は開発業者に頼ることなく、すべて明見住職が工事を発注し造ったものだ。明見住職が就任する前年に本堂が建て替えられたが、その旧本堂の跡地に80区画ほどのお墓を造成したのが始まりである。
善勝寺の墓地は、檀信徒としての使用が前提である。近頃では、寺院墓地であっても、宗派を問わないと言う墓地が増加しているが、このことについて明見住職は次のように語る。 「お寺で霊園を開設する際に、開発業者に任せきりにしてしまうと檀家は増えない。業者はお墓が売れることを望んでいるので、何宗でも良いですよ、どこのお寺でも結構ですよとなる。そのお金は一時的にはお寺に入るかも知れないが、その人は檀家にはならない。そうすると、将来のお寺の収入にはつながらない。
こうしたことを避けるには、一切業者を入れないでお寺が自分で墓地を管理しなければならない」
明見住職は、自らが法衣姿で関係の役所に赴き許可の申請も行う。
難しい書類などもたくさんあり、許可が下りないなどという詰もあるが、お寺が名義を貸すだけではなく住職自身が率先して取り組めば、役所でも不明の箇所は説明してくれるし、業者を頼まずともできるという。
完成した区画は、明見住職が都内のお寺を任されていた時に緑を結んだ人たちが次々と申し込み、そこからさらに口コミで広まった結果、短期間ですべての区画が埋まってしまった。どの石材店でも自由に墓石を建立できるため、結果的に工事費も他の霊園と比較して大幅に抑えることができるというのも人気の理由のひとつである。こうした反響を受けて、農地改革以前は善勝寺の土地だったところをさらに買い戻し、数回に分けて墓地や駐車場を開設した。
このようにお墓を拡張することで、現在、善勝寺の檀家数は700軒にまで増えることになった。檀家でなければ墓地は使用できないため、お墓の数だけ檀家が増えるというわけである。また、明見住職が開設した墓地と、それ以前からあった墓地とで使用規則が異なるというのは不公平となる。そこで、それ以前に墓地として使用していた区画も一度すべて 破棄し、使用権利をすべて白紙に戻したうえで、再度、使用許可をするという形をとったという。
善勝寺の墓地は、檀信徒としての使用が前提である。近頃では、寺院墓地であっても、宗派を問わないと言う墓地が増加しているが、このことについて明見住職は次のように語る。 「お寺で霊園を開設する際に、開発業者に任せきりにしてしまうと檀家は増えない。業者はお墓が売れることを望んでいるので、何宗でも良いですよ、どこのお寺でも結構ですよとなる。そのお金は一時的にはお寺に入るかも知れないが、その人は檀家にはならない。そうすると、将来のお寺の収入にはつながらない。
こうしたことを避けるには、一切業者を入れないでお寺が自分で墓地を管理しなければならない」
明見住職は、自らが法衣姿で関係の役所に赴き許可の申請も行う。
難しい書類などもたくさんあり、許可が下りないなどという詰もあるが、お寺が名義を貸すだけではなく住職自身が率先して取り組めば、役所でも不明の箇所は説明してくれるし、業者を頼まずともできるという。
完成した区画は、明見住職が都内のお寺を任されていた時に緑を結んだ人たちが次々と申し込み、そこからさらに口コミで広まった結果、短期間ですべての区画が埋まってしまった。どの石材店でも自由に墓石を建立できるため、結果的に工事費も他の霊園と比較して大幅に抑えることができるというのも人気の理由のひとつである。こうした反響を受けて、農地改革以前は善勝寺の土地だったところをさらに買い戻し、数回に分けて墓地や駐車場を開設した。
このようにお墓を拡張することで、現在、善勝寺の檀家数は700軒にまで増えることになった。檀家でなければ墓地は使用できないため、お墓の数だけ檀家が増えるというわけである。また、明見住職が開設した墓地と、それ以前からあった墓地とで使用規則が異なるというのは不公平となる。そこで、それ以前に墓地として使用していた区画も一度すべて 破棄し、使用権利をすべて白紙に戻したうえで、再度、使用許可をするという形をとったという。
永代供養の定義を明確にする
善勝寺の墓地の使用期限は永代となっており、継承者がいればいつまで使用してもかまわない。檀信徒として、年間5,000円の護持会費が必要となるがこの価格も、平成4年から変わっていない。
墓石の建立については、指定石材店という形をとっているが、これは悪質な石材店を排除するための予防措置であり、基本的には墓地の利用者が石材店を自由に選ぶことができる。「永代使用権は檀家にあるので、墓石の形も、石材店もすべて自由に選ぶ権利がある。ただし、もしも良い石材店がいないと言うのであれば、紹介もできる」としている。
さらに、核家族化・少子化に伴い各人のニーズにも対応するため、平成9年には永代供養合同墓地「個別納骨型合同船」も建立した。
こちらは、一カ所に16体の遺骨を納めることができるもので、現在33基建立されている。申し込みと同時に戒名を授かることができ、いざという時には必要なことすべて、善勝寺で対応してもらえるというものである。遺骨は骨壷のまま33年間安置し、その後、同じカロートの下の土中に埋蔵される。
遺骨の配列も、亡くなった順番ではなく、コンパートメントに仕切ってあるので、同じカロート内でも、遺骨を入れる場所で予約できる。個人には1体用、夫婦で申し込む場合には2体用の仕切りも用意されているため、たとえ一方が先に逝っても、残った人はその隣の位置を既に確保できているというわけだ。
さらに、善勝寺では「納骨者の霊簿を位牌に収め本堂内陣に安置し日々供養すると共に、毎年の祥月命日には戒名をお唱えして回向する。春秋彼岸会、8月13日の施餓鬼会(盆供養)には、すべての納骨者のための塔婆を建てて合同供養を毎年行う」と、何をもって永代供養とするのかも定義している。
本堂には、檀家一軒ごと、戸別の過去帳が位牌に収められて祀られている。ここには、明治以降に亡くなられた方の戒名はすべて書かれている。明見住職が寺の過去帳を元に、数年がかりで記入したものだ。
「お寺によっては檀家自身がそれぞれ位牌を作ってお寺に納めているところもあるが、それでは位牌の大きさもまちまちで平等でない。だからお寺が全部一緒に作ることにした。この費用は、お墓を求める際の人檀金と永代供養料に含まれている。もしご不幸があったときには必ずここに書き込むことにしている」という。
さらに、過去帳に書かれた方の戒名を命日ごとに記した永代供養帳を、本尊の横に祀っている。こうすることで、朝のお勤めのときに、必ず住職の勤めとして戒名を唱えることが可能となる。
こうして、合同墓でも戸別の墓でも分け隔てなく、一年に一度の命日には必ず戒名を唱えて回向するというのが、善勝寺の永代供養というわけである。
「お経をあげていると、今日この人の命日だったなと思い出す。すると遺族がお墓参りに来た時にも、『今日がご命日でしたね』と言う会話もできる」と明見住職は語る。
墓石の建立については、指定石材店という形をとっているが、これは悪質な石材店を排除するための予防措置であり、基本的には墓地の利用者が石材店を自由に選ぶことができる。「永代使用権は檀家にあるので、墓石の形も、石材店もすべて自由に選ぶ権利がある。ただし、もしも良い石材店がいないと言うのであれば、紹介もできる」としている。
さらに、核家族化・少子化に伴い各人のニーズにも対応するため、平成9年には永代供養合同墓地「個別納骨型合同船」も建立した。
こちらは、一カ所に16体の遺骨を納めることができるもので、現在33基建立されている。申し込みと同時に戒名を授かることができ、いざという時には必要なことすべて、善勝寺で対応してもらえるというものである。遺骨は骨壷のまま33年間安置し、その後、同じカロートの下の土中に埋蔵される。
遺骨の配列も、亡くなった順番ではなく、コンパートメントに仕切ってあるので、同じカロート内でも、遺骨を入れる場所で予約できる。個人には1体用、夫婦で申し込む場合には2体用の仕切りも用意されているため、たとえ一方が先に逝っても、残った人はその隣の位置を既に確保できているというわけだ。
さらに、善勝寺では「納骨者の霊簿を位牌に収め本堂内陣に安置し日々供養すると共に、毎年の祥月命日には戒名をお唱えして回向する。春秋彼岸会、8月13日の施餓鬼会(盆供養)には、すべての納骨者のための塔婆を建てて合同供養を毎年行う」と、何をもって永代供養とするのかも定義している。
本堂には、檀家一軒ごと、戸別の過去帳が位牌に収められて祀られている。ここには、明治以降に亡くなられた方の戒名はすべて書かれている。明見住職が寺の過去帳を元に、数年がかりで記入したものだ。
「お寺によっては檀家自身がそれぞれ位牌を作ってお寺に納めているところもあるが、それでは位牌の大きさもまちまちで平等でない。だからお寺が全部一緒に作ることにした。この費用は、お墓を求める際の人檀金と永代供養料に含まれている。もしご不幸があったときには必ずここに書き込むことにしている」という。
さらに、過去帳に書かれた方の戒名を命日ごとに記した永代供養帳を、本尊の横に祀っている。こうすることで、朝のお勤めのときに、必ず住職の勤めとして戒名を唱えることが可能となる。
こうして、合同墓でも戸別の墓でも分け隔てなく、一年に一度の命日には必ず戒名を唱えて回向するというのが、善勝寺の永代供養というわけである。
「お経をあげていると、今日この人の命日だったなと思い出す。すると遺族がお墓参りに来た時にも、『今日がご命日でしたね』と言う会話もできる」と明見住職は語る。
将来に渡っても寄付を求めないお寺
善勝寺の住職に就任するに当たって、明見住職が決めたことが、「お寺から寄付を求めることはしない」ということである。
このことは、墓地の使用規則にも明記しているほか、お寺で配布するパンフレットやホームページでもはっきりと記載している。
「寄付を求めない」ということについて、明見住職は「お寺と檀家さんとの操め事の発端は、ほとんどの場合が寄付である」と指摘する。
寄付を求める際に、仮にお寺が「いくらでも良い」と言ってしまうと、往々にして寄付は集まらない。したがって、基本的には檀信徒に対して強制的に求めざるを得なくなるわけだが、すべての檀家が常にお寺の求めに応じて寄付できるほど経済的に余裕があるとは限らない。中には、子育て中も家庭もあれば、介護者を抱えている家庭もあるという具合に、事情はまちまちである。そうした各家庭の事情を無視してお寺から一方的に寄付を求められて、檀家が困惑するというケースも起こり得る。こうしたことを避けるためにも、「お寺から寄付を求めない」ことを決定した。
当初、役員からは「原則として」という文言を入れようという意見も出たが、「原則」があれば「例外」が生じる。「例外」を作ってしまったら、結局は同じことになってしまうので、明見住職は「お寺から要求しないということは、何があっても要求しないということ」とし、役員からの理解を取り付けた。
寄付を求められることがないということには、檀信徒にとっては当然のこと、寺院にとってもさまざまなメリットがある。
そのひとつが、役員が積極的に寺院の運営に参加することが可能となるということだ。これは、例えばお寺が寄付を求める場合には、役員自らも寄付を出すだけでなく、徴収する役を務めなければならなかったりと重い負担がのしかかる。しかし、寄付を求められることがなければ、そうした心配もなく寺院活動に協力できるということである。また、檀信徒も皆、寄付がないということで安心できる。
さらに、葬儀社が菩提寺を持たない人を紹介してくるというケースもあるが、こうした場合にも、「寄付がない」ということをはっきり打ち出している善勝寺は、葬儀社にとっても顧客に勧め易いお寺となっているという。
このことは、墓地の使用規則にも明記しているほか、お寺で配布するパンフレットやホームページでもはっきりと記載している。
「寄付を求めない」ということについて、明見住職は「お寺と檀家さんとの操め事の発端は、ほとんどの場合が寄付である」と指摘する。
寄付を求める際に、仮にお寺が「いくらでも良い」と言ってしまうと、往々にして寄付は集まらない。したがって、基本的には檀信徒に対して強制的に求めざるを得なくなるわけだが、すべての檀家が常にお寺の求めに応じて寄付できるほど経済的に余裕があるとは限らない。中には、子育て中も家庭もあれば、介護者を抱えている家庭もあるという具合に、事情はまちまちである。そうした各家庭の事情を無視してお寺から一方的に寄付を求められて、檀家が困惑するというケースも起こり得る。こうしたことを避けるためにも、「お寺から寄付を求めない」ことを決定した。
当初、役員からは「原則として」という文言を入れようという意見も出たが、「原則」があれば「例外」が生じる。「例外」を作ってしまったら、結局は同じことになってしまうので、明見住職は「お寺から要求しないということは、何があっても要求しないということ」とし、役員からの理解を取り付けた。
寄付を求められることがないということには、檀信徒にとっては当然のこと、寺院にとってもさまざまなメリットがある。
そのひとつが、役員が積極的に寺院の運営に参加することが可能となるということだ。これは、例えばお寺が寄付を求める場合には、役員自らも寄付を出すだけでなく、徴収する役を務めなければならなかったりと重い負担がのしかかる。しかし、寄付を求められることがなければ、そうした心配もなく寺院活動に協力できるということである。また、檀信徒も皆、寄付がないということで安心できる。
さらに、葬儀社が菩提寺を持たない人を紹介してくるというケースもあるが、こうした場合にも、「寄付がない」ということをはっきり打ち出している善勝寺は、葬儀社にとっても顧客に勧め易いお寺となっているという。
寄付を求めないための寺院運営
「寄付を求めない」という方針も、一時的なものであれば意味はない。そこで、明見住職は、住職の代だけでなく将来に渡って持続できるよう、寄付を求めずにお寺を運営できる仕組みを整えた。
まず、明見住職が取り組んだのが、会計の明朗化である。
「役員の同意を得た上で、予算と決算をきちんとし、日ごろの浄財を管理しておけば、お寺としての運営は成り立つ」という考えである。それまでは兼務寺ということもあって複数あった会計を一元化し、すべての収入と支出を檀信徒に公開することにした。初めのうちは、役員の中でも護持会費だけの公開で十分という考えが主流で、お布施は住職個人のものと思われていた。法事や葬儀のお布施については発表しなくても良いという感覚を皆が持っていたという。しかし、護持会費はお寺全体の収入の一部であり、それだけでは収入と支出の全体が分からない。
こうして、毎年12月の役員会で次年度の予算が決められ、4月末、もしくは5月初旬に前年度の決算報告が行われることとなった。これらの会計報告は、すべての檀家に寺報とともに郵送される。
まず、明見住職が取り組んだのが、会計の明朗化である。
「役員の同意を得た上で、予算と決算をきちんとし、日ごろの浄財を管理しておけば、お寺としての運営は成り立つ」という考えである。それまでは兼務寺ということもあって複数あった会計を一元化し、すべての収入と支出を檀信徒に公開することにした。初めのうちは、役員の中でも護持会費だけの公開で十分という考えが主流で、お布施は住職個人のものと思われていた。法事や葬儀のお布施については発表しなくても良いという感覚を皆が持っていたという。しかし、護持会費はお寺全体の収入の一部であり、それだけでは収入と支出の全体が分からない。
こうして、毎年12月の役員会で次年度の予算が決められ、4月末、もしくは5月初旬に前年度の決算報告が行われることとなった。これらの会計報告は、すべての檀家に寺報とともに郵送される。
また、住職や事務職員である住職夫人の報酬も宗教法人として決まっているのだから、きちんと源泉徴収をし、給与として支払うこととした。
「就任時にはお寺に収入がなく、とても給料をも らえるような状態ではなかったが、収入がないからと給与を減らすのではなく、毎月決められた額をきちんと受け取り、税金も支払う。その上でお寺に無利子で貸し出すという形をとった」という。「個人のものとお寺のものとを、きちんと区別しなければならない」とし、ここでも「何があっても例外は認めない」という姿勢を貫いている。
善勝寺の場合、その収入は墓地関係のもののほかに、年間約300件の法事と、檀家以外のものも含めて100件近い葬儀でのお布施がある。
このお布施も、「いくらでも良い」となると分からないので、目安となる基準を決めている。ただし、基本となる価格は最低限必要な額に設定する。そうすることで、檀信徒が法事を申し込む回数が増えるという。これらのお布施のうち、お寺の固定費は半分くらいに抑え、後は流動的にお寺のためになることで予算に合わせて使用するという。
また、いざと言う時のために、すべての建物、仏具から法衣にいたるまで積み立ての火災保険に入っている。本堂や大きい建物は30年満期の積み立て保険なので、30年たてば屋根換えができる程度の額が貯まる。しかし、30年ごとに屋根を換えなければならないわけではないので、余った部分は貯めておき、必要に応じて使うことができる。
また、住職に万一のことがあった時も、寄付を求めなくても良いよう、生命系の保険で葬儀と新しい住職の晋山式を執り行えるようになっている。
すべてを合せると、保険料だけで年間500万円以上の費用となるが、このようないざと言う時のための十分な備えが、「将来に渡っても寄付はいただきません」と言えるだけの根拠となっているわけである。
「就任時にはお寺に収入がなく、とても給料をも らえるような状態ではなかったが、収入がないからと給与を減らすのではなく、毎月決められた額をきちんと受け取り、税金も支払う。その上でお寺に無利子で貸し出すという形をとった」という。「個人のものとお寺のものとを、きちんと区別しなければならない」とし、ここでも「何があっても例外は認めない」という姿勢を貫いている。
善勝寺の場合、その収入は墓地関係のもののほかに、年間約300件の法事と、檀家以外のものも含めて100件近い葬儀でのお布施がある。
このお布施も、「いくらでも良い」となると分からないので、目安となる基準を決めている。ただし、基本となる価格は最低限必要な額に設定する。そうすることで、檀信徒が法事を申し込む回数が増えるという。これらのお布施のうち、お寺の固定費は半分くらいに抑え、後は流動的にお寺のためになることで予算に合わせて使用するという。
また、いざと言う時のために、すべての建物、仏具から法衣にいたるまで積み立ての火災保険に入っている。本堂や大きい建物は30年満期の積み立て保険なので、30年たてば屋根換えができる程度の額が貯まる。しかし、30年ごとに屋根を換えなければならないわけではないので、余った部分は貯めておき、必要に応じて使うことができる。
また、住職に万一のことがあった時も、寄付を求めなくても良いよう、生命系の保険で葬儀と新しい住職の晋山式を執り行えるようになっている。
すべてを合せると、保険料だけで年間500万円以上の費用となるが、このようないざと言う時のための十分な備えが、「将来に渡っても寄付はいただきません」と言えるだけの根拠となっているわけである。
駐車場を無償で提供し地域へ貢献
これからの活動については、「今やっていることを続ける」という明見住職であるが、こうした寺院の檀家に向けた活動以外にも、地域住民に対してもさまざまな取り組みを行っている。
一例を挙げれば、善勝寺の山門前には鴻巣市コミニティバスの停留所があり、朝夕は駅に向かう学生や会社員が善勝寺まで自転車でやってきて、ここからバスに乗る。このようなバスの利用者のためには駐車場の一角に駐輪場を設け、自由に利用できるようにしている。
また、施餓鬼法要で集まったお布施については、地震や津波など、国内外を問わず災害の被災地や、地雷の除去、ユニセフなどに寄付している。そうすることで、施餓鬼の本来の意味を、人びとに伝えているのである。
一例を挙げれば、善勝寺の山門前には鴻巣市コミニティバスの停留所があり、朝夕は駅に向かう学生や会社員が善勝寺まで自転車でやってきて、ここからバスに乗る。このようなバスの利用者のためには駐車場の一角に駐輪場を設け、自由に利用できるようにしている。
また、施餓鬼法要で集まったお布施については、地震や津波など、国内外を問わず災害の被災地や、地雷の除去、ユニセフなどに寄付している。そうすることで、施餓鬼の本来の意味を、人びとに伝えているのである。